イナモトー

2003年、アフリカ旅行中の出来事です。

西アフリカの内陸国、マリ。この国の旅のハイライトのひとつが、断崖に張りつくようにして点在するドゴン族の村々をめぐる「ドゴントレッキング」です。僕はその終着地の村、カニコンボレにたどり着きました。

村の広場のような場所では、子どもたちが夢中になってサッカーをしています。ボールを追いかける姿がとても印象的でした。その時、ひとりの少年がシュートを放ちながら、こう叫んだのです。

「イナモトー!」

僕は子どもたちからだいぶ離れた場所にいたため、こちらを日本人と知っていたとは思えません。それなのに、日本人サッカー選手・稲本潤一の名前がこのアフリカの地で飛び交っていることに、胸が熱くなりました。

この村には電気がありません。当然テレビもないと思われます。おそらく子供たちはイングランド・プレミアリーグのラジオ実況を聴いて、稲本選手の名前や活躍を知ったことでしょう。

あれから20年以上が経ちました。2025年現在、マリのほぼ全土に外務省の危険情報レベル4「退避勧告」が出ています。ドゴンの村が襲撃を受けたという悲しいニュースも耳にしたことがあります。今やドゴントレッキングをしたくても危なくて行けない状況です。あの時の子供たちは立派に大人になったのでしょうか。

昨年、稲本選手の引退の知らせを耳にして、まっさきにこのことが思い出されました。